太極拳とヨガに学ぶ「ただ立つこと」の奥深さ|新年の初稽古で見つけた本当の自分

新年あけましておめでとうございます。

皆様、お正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。

私は先日、さっそく太極拳の「初稽古」へと行ってまいりました。

私が通っている教室は、高層ビルの11階にあります。 この日は、真っ白な雪をまとった富士山が本当に美しく、新年初日にふさわしい姿を見せてくれました。特に冬の富士山は空気が澄んでいるせいか、とってもクリアで、真っ青な空にパッと映えますね。見ているだけで、心が洗われるような清々しい気持ちにさせてくれます。

新年の挨拶は「新年你好(シンニェンハオ)」から

いつもは「你好(ニイハオ)」という中国語の挨拶から始まる、1時間半のお稽古。

この挨拶のとき、私たちは息を吐きながら上体を深く曲げていき、軽く握った拳を床につけてから、上体をゆっくりと起こしていきます。 今回は今年最初のお稽古ということで、いつもとは少し変えて、

「新年你好(シンニェンハオ)」

の清々しい挨拶からスタートしました。

日常から「自分の内側」へ戻る、始まりの立禅

挨拶の後に必ず行うのが、「立禅(りつぜん)」です。 立禅とは、その名の通り「立って行う瞑想」のこと。これから稽古を始める前に、身体と呼吸と心の準備(調身・調息・調心)を調える大切な時間です。

【立禅の基本:開歩(カイブー)】 まず、左足を肩幅くらいに開きます。 目は半眼(うっすらと開ける状態)、もしくは軽く閉じ、深く・長く・ゆっくりと腹式呼吸を行います。この呼吸を通じて、自分のエネルギーである「気」をお腹の奥にある「丹田(たんでん)」へと集めていきます。

始まりの立禅は、バタバタとした日常生活の意識から離れ、「自分の内側に向かうための心の準備」になります。

そしてお稽古の終わりに行う立禅では、太極拳の心地よい余韻とともに、そっと心を収めていきます。身体中を巡った「気」を再び丹田に集め、深い呼吸とともに、足の裏から大地へと流していくのです。

このとき、充実した気がまるで“光のヴェール”のように自分の内側からも外側からも包み込んでくれる感覚があり、とても優しい気持ちになれます。

ヨガの「山のポーズ」との共通点

「ただ真っ直ぐに立つ」という静かなアプローチは、実はヨガの「山のポーズ(ターダーサナ)」にも通じています。

山のポーズでは、左右の足の親指を合わせ、かかとを少し開いて立ちます。 身体の中心軸を意識しながら、足の裏は「山のすそ野」のように大地へどっしりと根づかせ、頭頂部は「天に向かって伸びていく山頂」をイメージします。

そうすることで、何があっても揺るがない、圧倒的な安定感を得ることができるのです。

外から見れば「ただ立っているだけ」に見えるかもしれません。しかし、立禅も、山のポーズも、実はものすごく奥が深い世界なのです。

浮かんできた雑念は、取り除かなくていい

立禅を行っているとき、頭の中にいろいろな考え事や思い出が浮かんできたりしませんか? いわゆる「雑念」と呼ばれるものです。

「無心になろう」とすればするほど、その雑念を打ち消そうとすればするほど、かえって集中できなくなったり、その考えに囚われてしまったり……。

でも、本当に「完全な無」になれる人なんて、そうそういらっしゃらないと思います。もちろん、私もその一人です(笑)。

でも、それでもいいのだと思います。

大切なのは、思考をゼロにすることではなく、浮かんでくる思いを取り除こうとせずに「あ、今こんなことを考えているな」と、ただそのまま観察すること。

客観的に眺めてみることで、「私にはこういう心の癖があるんだな」「こんな感情が隠されていたんだ」と、自分の本心に気づくきっかけになります。

そう考えると、立禅のときに湧き上がる雑念さえも、自分自身の心を知り、「本当の自分に出会うための愛おしく大切な時間」なのかもしれません。

新しい一年。皆様も時折立ち止まり、ただ静かに佇んで、ご自身の内側を見つめる時間を作ってみてはいかがでしょうか。